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2013年6月23日 (日)

過不足ないことの大事さ

先にお断りします

今回はちょっとだけ、参加した講演会について批判的な意見も書いていますのでそういうのが苦手な人は読まないでくださいませね。

(告知:7月末か8月頭に「東大ワールドカフェ」という大学の卒業生懇談会的イベントでキーノートスピーチをしまーす。)

とても大事なことを学ばせてもらった。
講演をするときは、自分が主観的にも客観的にも自信を持って話せることを話すのでないと百害あって一利無しだ!私は常に自分が過不足なく話せることだけ話していかなきゃ!

とある経営者のお話しが聞ける、ということで、朝から友人の主催する勉強会に。
彼は、業界をネットで改革した立役者。読書家としても有名な彼が課題図書を読んで来てください。ということだったので「さぁ!何が始まるんだろう」と私はわくわくしていたのだが。。。1時間の話の間、一度も本に触れることはなかった。

やんわりと「なんでこの本を指定したのですか?ご示唆は?」という質問も出たが「だって、読んでおもしろかったでしょう!」と。

公演は60分。彼の業界や経営や、起業の思いの話、それから営業トークは、冒頭と最後に合わせて10分あるかないかだったが素晴らしかった。

しかし、残りの50分はひたすら、二次資料、、、しかも歴史小説なんか含めて、、、から彼が考察した歴史解釈を彼の思想信条とともに聞く時間となった。

ファクトが大事、軸が大事、とおっしゃりつつ、「フビライハンの母親は優秀でフビライへの教育がよかった」とか「中国は絶対にモンゴルが大嫌いだった」とかおっしゃるのだが、誰がどう確認した何のファクトに基づいてるんだ?人の性格や人の行動が誰の教育の影響かとか、相当確固とした証拠や何を良しとする、という軸がないと会ったことない人や見たことない時代のこと「優秀」とか「絶対」とか言えないでしょう。。。。

さながら、うわさ好きのおっさんが勝手に自分が野球監督になったかのように解説している野球解説みたいな歴史を、彼は巧みな話術で「素人の東スポ」的に披露。そのトリビアにのせて彼の想いが伝わってくる、という。

というわけで、歴史は単なる「歴史ファン」の話をきいたということ。(歴史を「野球」「サッカー」「AKB48」などと入れ替えると分かりやすいでしょう。中でも「王様的すごいファン」か単なる「結構すごいファン」かについての私の私見は出しません。私も歴史好きですし、今までに何人も「うわ!この人本当にすごい歴史好きの雑学博士!」って人にも会って来ているので、彼に対する自分の見立てはあるけれど。)

彼の思想信条を二つばかり取り出しておきます。

「ヘロドトスが言ったように、歴史から学ぶべき」
(この意は、歴史はベストプラクティスと失敗事例の宝庫なんだから勉強すべきだ、それ以外に歴史を勉強する意味はない!だそうである。前半はまさにその通りだと思う!しかし、後半は「蓼食う虫も好き好き」である。別に他の理由で歴史を学ぶ人がいたっていいじゃないか。。。)

「歴史は一つ」
(これはどうもいろんなところでおっしゃられているようだ。。。今日の講演とその後の質疑の中では、このフレーズは大きく二つの意味を包含していた。

まず、地理的な軸で切って歴史を学ぶことは無意味じゃないだろうか?というなげかけ。中学校、高校の学校教育はそこを断ち切って日本史と世界史を別に学ぶ。大学の研究も東洋史、西洋史といった地理的視点での切り分けがあるのがおかしいだろう!という投げかけだ。
同時に、歴史上の出来事はファクトとしては、もともと一つのことだけだったはずなのだから、解釈の別などは、国のリーダーさえリーダーシップがあったら、真実を求めて答えを一つ集約できるはずだ、という意見、ととらえた。

実は、私の高校は一年の時は日本史世界史の別なく歴史を学ぶので、学校教育についての彼の議論は決めつけ過ぎな気がした。たまたま彼の知る学校がきっちり分けるところだっただけであろう。でも、おっしゃられていることのうち、世界史(東洋史西洋史など含め)と日本史を一体として学ぶべき、という議論には強く同意する。一般教養のレイヤーでは、世界史をホリスティックに学んで同時代に世界で何が起きていたかを知ると知識が深まり因果関係らしきものが頭の中で構築できる(それが実際に因果関係だったかの解釈をすることは一般知識程度の浅い知識では自分で断定はできないけれど)。付け加えたいのは、その中でも日本史については、ある程度深く知ることが大事だということ。他の国の人に自分が何者かを語る際に、文化のアイデンティティの説明を求められることは多い。したがってそれをきちんと説明できることはとても大事。文化アイデンティティは歴史に紐づいていることが多いので、日本史は深く学ぶ必要があると思う。

大学についての議論は、最近は学際などで相当異なった軸でのリベラルアーツの研究もされているし、、、専門を深めようとしたらなんらかで区切りを設けることは(区切らない、という選択肢も含めて)必ず必要。切り方の視点が地理だけの世の中なら理解できるが、前述のように今は地理だけってわけでもない現状がすでにあるからなぁ。。。ちょっと古いかな?

後半はまったく別の話。事実は一つでも、過ぎ去った途端に歴史は単なる解釈になることを受け入れるかどうか。私は歴史は確からしい解釈にすぎないと思うのでそもそも考え方が相容れない。百歩譲って事実は一つとしても、解釈は同じ事実に対してですら、人によって異なるもの。したがって、国によって解釈が異なる、ということはよくあるわけで、それを統一していかなくてはならない理由がないのなら、そのままにしておくほうがいいと私は思う。。。ので、反対、、、かな。
首を突っ込んだけではあるけれど、日中市民共同宣言を作るのにかかわったものとしては、そう簡単に事実は一つ、と言うほど物事は簡単ではないことくらいは肌でわかっているつもり。)

なるほど、、、こうして改めて取り出してみるとかなり彼は自分の趣味で好きなことをおっしゃられているので、賛成票を得られそうになく、何かでくるんで「正しそう」に見せたかったのかな。普通に自分の思想信条としておっしゃられればよかったのに。賛成、反対、人によるのが思想信条。歴史をからめて、いかにも正しいことをいっているかのようにするのは(ご本人も正しいことを言っていると思いこんでしまっているのかもだとはおもうんだけど、それも含めて)ファクトと意見をわざと分けないのだから、いいことだとは思わない。
考えてみれば、話の中に「絶対」とか「~に決まっていますよね」とか、「みなさんもそう思っている通り~」っていうフレーズを連発していたので、相当無理のある内容を話していることを自覚されているのだとは思うんだけど。

他山の石ですね。

彼には語れるものがもっともっとたくさんあるのにな。
なんで業界を改革しようと思ったのか。起業なんて生半可なエネルギーではできない。どうしてそこまでの力をつぎ込めるだけの問題意識を持てたのか?今、起業時のビジョンが達成されたようだが次のビジョンは?(←あ、これでかな?)

たったの10分くらいだったけれど、彼が自分の業界やそもそものビジョンを語るときの迫力は、歴史の話とは打って変わり、深い知識と信念に裏打ちされた自信があふれ出ており、非常にすばらしかった。TEDxTodaiでも思ったが、人生をかけてやっていることを語る人の言葉は熱くて浸透力と説得力。共感を強く生む力がある。

みなさま、もし私が適当な話をするなんてことがあったら、ぜひ諫めてください。きっと彼は人からなかなか諫めてもらえない立場にもうなってしまっているし、「むしろ、いいですね、その話面白いです」なんて言われて話しているのだろう。でも、彼以外にそれをよりよく話せる歴史の研究者がいるはずで、彼は歴史が大事と思い、自分を知っているのなら、自分が語るのではなく、自分のネームバリューを使って自信が共感できる歴史のプロフェショナルを全面だすことに注力したほうがより目的は達成できるんだけどな。

経営と歴史研究はあまりに違う分野。起業宣伝もしたいし自分のネームバリューをもっとあげたいし、、、で、どうしても自分で語りたいなら、(手前みそだが私が歌に仕事と同じ程度の若いころからの長い時間と情熱をかけて育んでいるように)研究者としてきちんとステップを踏んで、プロとして最低限必要なマナーや話し方を知ってから、お話しいただけばよいかと。

私と同じような感想を持った人は少なくとも私だけではなかった。見る人から見たときには、彼は今日は裸の王様であったのだ。

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